2011年7月30日

高校のときの美術部の先生とは今でも連絡をとったり会ったりしている。高校の同級生は、ひとり、卒業してからも仲の良かった友達が居たのだが、だんだんと疎遠になってしまいもう会うこともない。高校3年生のとき、自分は一度だけ、授業中に教室を抜け出して、そのまま戻らなかったことがある。授業の内容を理解していたという保険があったのと、昼間、他の学生たちが授業を受けている間、廊下を歩いたり、校庭に出たりするのは、どんな気分なのだろう、そのときの空気はどんな風に感じるのか、知りたかったのだと思う。行動自体は大したことないのだが、思い出のひとつにはなっている。その美術の先生は車に乗っていて(車種を忘れた)、部活の帰りにいつも送ってもらっていた。帰る頃はいつも日が暮れていたので、田舎の夜道を走る車のなかから外を眺めると、そういう景色を知らない人には想像すらできないほどの、闇で、そのなかに、向こうの方の街灯とか家の明かりが、星のように不規則に浮かんでいるように見えて、夜空のなかを走っているようで、それを眺めているのがすきだった。自分もいつか車の免許をとったら、こうやって夜道を運転してみたいと思った。自分が車の運転がすきなのは、子供の頃の記憶と、高校生のその頃の思い出があるからなのだろうな。誰かの歌にもなっているが、育ってきた環境から、切り離されて生きていくことはできない。それは血に、思考の回路に、口調に、身なりに、擦り込まれている。善しとするか悪しとするかは本人次第だが、そこから離れて生きていくことを望んでも、それは絶対にできない。




2011年7月27日

小さな体の女の人が泣いていてなぜ泣いているのか
その行動に心のどのような作用が働いているのかが
自分には分かっていたので彼女を抱きしめるという
映像なのかイメージが目の裏側に現れては、消える




2011年7月19日

「音楽は美しさを表現する方法として一番優れている。」




2011年7月16日

夏はデジャヴが多い




2011年7月12日

自分が住んでいた町では、昼の12時になると町内のスピーカーから「恋は水色」のメロディーが流れる。子供のころ、家にその歌が入ったカセットテープがあって、ステレオでよく聴いていた。フランス語で歌っているので何を言っているのか分からないのだけれど、やさしい歌声が好きだった。




2011年7月9日

この症状が治るなら、右手を差し出す





問題は、右手を差し出してもこの症状が治らないことだ



明日が来るたびに絶望する気持ちが



2011年7月6日

さようならするときには何と言おうか考えていたら涙が出てきた




2011年7月2日

映画「ほとけ」を観たのは十年前か。当時自分は高校生で、新宿のシネマスクエアとうきゅうに観に行った。平べったい劇場で、観やすい環境ではないのだけれど、あの古びた感じが、自分には新鮮だったというか、映画の愉しみみたいなのが分かった気がした時間だった。そこで観たのが「ほとけ」だったから、というのもあるかもしれない。「ほとけ」は、一見、どんな時代背景だか分からないように思えるけれど、あれは紛れもない現代で(分かりやすい例を挙げると、携帯電話が出てくる)、若者が持っているやり場のない感情に焦点を当てている。それが観ていて苦しかった。同時に美しいのだけれど。自分より少し先を生きているその映画の中の若者たちに、漠然と自分のすぐ先の未来を被らせて観たりもしていた。あのライのようにただ一人の女を心の底から欲することがこの先あるのだろうか、シバのように怒りを暴力に任せて文字通り人を傷つけることがあるだろうか、ユマのように絶望を知りながらも美しくあることができるだろうか。人に映画をすすめるときに「ほとけ」を挙げることはないが、忘れられない、大切な映画だった。